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便利さとリスク、どちらを取るか

先日、メインバンクからパスワード生成器の更新案内が来た。

これまでと同じように機械を使う方法以外に、アプリでもログインができるようになり、スマホから楽にログインが出来るようになったそうで。

 

スマホは機能進化を遂げつづけ、もはやPCと同等かそれ以上のポジションになっている。

電話やメール、ブラウジングだけだったものが、今では金融決済もできるし、交通機関にも乗れる。
様々なことがアプリやICを経由して利用できるようになり、家電だって操作できる。

今後、音声認識の性能がもっと上がれば、ますます生活には欠かせないアイテムになっていくだろう。

 

だが、便利な反面、そのリスクも大きくなった。

 

電文を飛ばす非接触方式は便利な反面、物理的な方式に比べて不特定多数に触れる機会が増える。
飛ばした電文が解読できれば、そのまま成りすまして資産を奪うことが出来る訳だ。

「それを防ぐために暗号化している。だからから大丈夫」という反論はあるだろうが、人間が作った物を人間が破れない、という保証はどこにもない。

ましてや、ログインIDやパスワードなどは固定の状態が多い。通信自体が暗号化されても、普通に玄関から入ることが出来てしまえば、何の意味もない。

 

様々な情報が詰めこまれたスマホは宝の山だし、この情報の塊は資産そのもの。

スマホ紛失した時のリスクは計り知れない。

 

だから俺は、極力スマホに頼らない生き方をしてる。あくまで連絡手段と検索手段のみ。

交通系ICは定期型だし、金融決済も自宅のPCで実施している。

荷物は増えるし利便性に欠けるし、時代に逆行してること甚だしいけど、リスクと天秤にかけた時、これは仕方ないと思ってる。

 

スマホなんて消耗品だし、いつどこで無くすかも壊れるかもしれないものに、そこまで情報を詰め込む気にはなれない。

スマホいじっててすれ違いざまに盗まれるシーンなんて多く見てきたしね。

 

こんな機械ごときに振り回されたくないわ(笑)

 

 

ちなみに。今の暗号技術のほとんどはNSAが絡んでて、その技術輸出もそこがガッチリ握ってる。つまり、その気になればあちらさんが全部解読可能なんだけど、そこまで考えたことがある人はどれだけいるのかな?

 

 

情報を入手する精度と速度は、仕事するうえでも国防でも、同じように重要です。

仕事のスタンス

誰しも生きていくうえで、お金が必要。

お金を稼ぐには、仕事をして収入を得なければいけない。

 

俺らの世代くらいまでは、とにかくガツガツ稼いでやる!ってギラついた連中が多かったけど、最近はそういうのは減って、人並みに楽しく生きていくっていうのが主流になった。

 

「足るを知る」

 

身の丈に合った生活レベルを選択していくのは、きちんと生きていくうえでとても重要。それが出来ない奴は破綻していく。

だから、堅実に生きてる奴ってのは、実は正しい生き方なんだろう。

 

でも、俺はこれまでずっとギラついた生き方をしてきた。

一度、堅実路線に戻してみたけど、全てにおいて空回りする自分に気付いてからは、「自分らしい」カラーで生きている。

それに見合った投資をしていくシーンは多い。リターンを得るために、色々なトライをしてる。

努力した分得るものは多いけど、それだけ失うリスクを伴うシーンが増える。特に仕事面で。

 

仕事なんてのは、一人で出来るような規模じゃなくなった。チーム単位でメンバーを動かしていかなきゃいけない。でも、自分の熱量は、今の世の中には熱すぎる。

もう、勝手に育つ世の中じゃない。手取り足取りやらないと成果は出ない。

 

いかにそこに合わせて行けるかが、売りの数字を分ける

自分で考えると言うこと

モノを使い捨てにできると言うことは、とても便利なことだ。

昔は一つのものを大事に大事に使い続けることが美徳だったけど、現代社会ではそれは廃れてきた。

「そんな事はない」と言う反論もあるだろうが、コンビニなどを覗けば使い捨ての商品が山ほど売られているし、ゲームなどの娯楽だって飽きたらすぐ捨てられている。
もっと言えば、人間だってそう。安い給料でこき使い、身体や心が壊れたらすぐ捨てる。そして次の人を雇う。

モノは便利だと言うことで片付けられるかもしれないが、人はそうは行かない。人には知性や理性があり、自らを考えることが出来るのだから。

それでもなお、人の使い捨ては終わる事はないんだろう。

何故か。

それは人をモノ化することが、儲かることに繋がるから。

人を使う側にいて、かつあくどい考えを持っている人たちは、人を安く使い捨てにできれば、それだけ利益や楽しみが追求できることを知っている。だからこそ、やり甲斐や理想などありもしない虚像を語る。

もちろん、きちんとした指針を持ち、事業を営んでいる善良な企業はたくさんある。

しかし、人生経験の少ない人は、その虚像が実現可能なのか、自分自身の人生の費用対効果として意味があるのかを判断することが難しい。
だからどうしても、その手のバラ色な世界に踏み入ってしまうケースが多い。

本来、やり甲斐や理想なんてものは、自分自身の基準において設定されるもの。他人が示すことではないはずだ。

他人が敷いたレールの上を走るということ。自分自身の人生を他人に委ねることがどういうことか、真剣に考えたことがある人はどれくらいいるだろう。

「みんながやっているから」「流行ってるから」

何も考えず周囲に流される生き方をしている人は多い。自分で考えなくて済むから楽だし、皆同じだから不安にならない。

人は楽をしたい生き物だから、一度楽をしてしまえばそこから抜け出すには結構なパワーを必要とする。だからここで良いか、と安易に定住してしまいがちだ。

そういう人だけになれば、扱う方も楽で良い。だからそれを暗に推奨する。

しかし、そんな生き方を続ければ、「何も考えられない」「何も判断できない」「何も行動できない」「言われたことしかできない」人に成り下がる。

そんな人にさえできる仕事は、AIやRPAが充分対応可能だ。

ロボは使い方さえ間違えなければ優秀だ。きちんとフローや判断基準、I/Oをセッティングすれば、同じ作業を24時間絶え間なく、ミスなく継続できる。

それがわかっているのに、無駄な人件費を払って人を雇う必要性はある?

 

何も考えないで生きていれば、道具としての人生を歩むことになる。

チャップリンの「モダン・タイムス」のように。

「それで良いのか?」
「これがベターか?」

今すぐ、人よりも多く情報を手に入れ、それを知識にし、行動することを始めるべきだ。

無知は身を滅ぼす。

self training-コンプレックスを受け入れる-

どうも、hirosushiです。

 

皆さんは、コンプレックスってありますか?

そう少なくない人はコンプレックスを抱えて生きていると思うんですよ。

顔立ち、体毛、話し方etc…

 

かく言う私も、活舌が悪いとかあがり症とか赤面症とかあります。若い頃はめっちゃ気にしてましたよー。

学生の頃なんかは、人からの視線が気になるじゃないですか。誰もそんな注目してないのに自意識過剰になっちゃって。

気にするもんだから、余計に赤くなっちゃって汗だくになる(笑)

 

だから、人前で何かするってのがとにかく苦手で、ネガティブなつまらない男でしたわ。

 

とは言え、このままだと人生損する!と言うことはわかってた。だから、色々と改善しようとしたけど、やればやるほど気になってドツボにハマる。苦しかったですよー。何しても変わらないんだから。

 

 

この症状、実は今でも全く変わってません。

プレゼン時は汗だくだし、人と話してても意味もなく赤くなって汗かくし。いや、別にあなたのこと好きじゃないから、みたいな(笑)

活舌悪いから、何回も聞きなおされるとかもザラですしね。

 

 

でも全く気にしてませーん♪むしろ自分の武器にしてます。

 

だって、汗だくになって話してる奴いたら、「大丈夫かこいつ?」って思うじゃないですか。そうすると一発で覚えてもらえるんです。人との距離を詰めやすいんです。これに気付けたのは重要なポイントでした。

人との距離を縮めるのが早いってことは、それだけ次のステップに進むのが早いってこと。人を口説くのにステップが少なくて済むんだから、大きな武器ですよ。

美容室行っても、二回目の時にはもう「今日は暑くないですか?」とか聞かれますからね。暑い訳じゃないけどもw

 

 

コンプレックスは何とかしたいもの。

でも、変えなきゃいけないのは、その症状じゃなくて考え方、中身の方です。

 

俺の場合、あがる事や汗だくになることは、別に恥ずかしい事じゃないはず。それを気にしてナヨナヨすることがダメだったんですよ。汗だくでナヨナヨしてちゃ気持ち悪いし、そりゃ笑われるでしょf^^;

だから、汗だくになろうが何だろうが、それはそれとして受け入れれば良い。汗かいたら拭けば良いし、いやー緊張しいなんですよーとか言っちゃえば良い。

 

何とか症状が出ないようにしなきゃ!って思えば思うほど気になる。だから、どんどん悪化しやすい。悪化するから「自分はやっぱりダメなんだ」って思いがち。

本当に酷い人は、病気として診断ができるレベル。

 

でも、そこまで悪化させる前に「これはもう仕方ない」と、ポジティブに諦めてみる。諦めたうえで受け入れる。

そうすれば、今までとは全く違った視点で、自分のコンプレックスを眺めることが出来るはず。

 

但し、間違えちゃいけないのは、諦めるだけでは何も解決しない、と言うこと。これが自分なんだ、と受け入れてあげないと、絶対に何も変わらないから。

ただ単に諦めたネガティブ人は、他者に対して卑屈になる。でも受け入れることが出来たポジティブ人は、「ああ、自分って面白いな、変わってるなー」って思えるようになる。

 

周囲で活躍している人が「コンプレックスがある」って言うと、ネガティブ人は「お前の悩みは大したことない」と思ってしまう。けど、他人の気持ちなんてわからないでしょ?お互いに相手の悩みを「大したことない」って思ってるはず。

 

コンプレックスって恥ずかしいでしょ?人に言いにくいでしょ?

でも、公言できるって事は、そこまで重大なことじゃないんじゃないの?

きっとそれは、受け入れることが出来る一歩手前まで来てるってこと。

善意と普通

・善意とは?普通とは?

 

旅行帰りのターミナルでタクシーを待っていると、でかいスーツケースがぽつんと壁際においてあった。

それを見た20歳前半の男性が周りの人に訪ねて回るが、持ち主はいないようだった。

 

俺の前に並んでいた初老のご夫婦の奥様がとても心配し、すぐそばの交番に届けに行ったが、旦那さんの方はずっと悪態をついている。

「普通こんなところにスーツケース置いていかないだろ。捨てたんじゃないのか」

 

20歳前半の男性は、とても人当たりのよい笑顔を浮かべながら初老の旦那さんと話をしていた。

 

俺は何もせず、その顛末をただ黙って見ていた。

baggageタグが付いていたし、恐らく旅行から帰ってきた人がタクシーに乗る前に所用をこなすためここに置いていったと踏んでいたから。日本だしbombでもないだろうと、さほど気にもしていなかった。

 

そうこうしているうちに持ち主が返ってきた。近くの喫煙所でタバコを吸っていたようだった。

こちらも初老の男性だったが、そのまま自分のスーツケースを持って立ち去ろうとしたため、若い男性が声をかけた。

「あ、持ち主の方ですか?良かったー。落とし物かと思って、女性の方が警察に連絡しに行ってるんです」

 

初老の男性は、とても困惑した表情でこう言いながら去っていった。

「そうなんですか?普通、こんな大きなもの落とし物とは思わないと思うんですけどね」

 

その後ろ姿を見ながら、旦那さんは

「警察呼びに言っちゃったよ」

とご立腹。

 

その後、入れ替わりで交番から女性と警官が戻ってきて、事の顛末が伝えると、こちらのご夫婦は

「普通、こんなところに置いていくかね?タバコ吸うなら一緒に持っていくだろうに」

と言いつつタクシーに乗って行った。

 

 

さて、一番悪いのは誰でしょう?w

 

 

 

それぞれの【普通】を基準に、【善意】を無意識に押し付け、【見返り】が無い事に腹を立てる。

そして【善意】が【余計なお世話】となり、争いの種になる。

これほど日常的で、根深い恨みの元になりやすいケースは他にない。

 

人のために何かをする人は、無意識に【見返り】を求める。

見返りを求めることに問題はない。それは正常なリアクションだし、それが人間というもの。

 

むしろ問題なのは、聖人君子のように滅私奉公を求めて綺麗事を言う人や、他人の基準や都合を考えずに押し売りをする人の方だと思う。

 

「自分達は正しく健全な事をしている」と信じている人ほど、他人を不幸にすることに気付いていない